【観劇メモ&感想】2018 ムーランルージュ!ザ・ミュージカル ボストンワールドプレミア

Notes & Guides for Japanese fans : Moulin Rouge! The Musical July 10 - 15, 2018

2019年のブロードウェイ公演とは、使用楽曲・演出が一部異なります。BW版のレビューとあらすじはこちら↓

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 幸運にも2018年7月10日のムーラン・ルージュ世界初演プレビュー初日に立ち会ってきました。

 どの曲も歌い終わるたびにショーストップ。今まで見たこともないほど素晴らしい、というのはこういうことを言うのかと。  

どうまとめたものか、とりあえず映画版との違いを中心にしつつ、あらすじをメモっておきます。プレビューですので、今後演出が変わる可能性は十分あります。  

※初日を含め数回観て、書き足し修正しましたが、英語が得意ではないのでセリフは聞き取りきれず、かなり思い込みが入っているかもしれません。  

アーロンファンの方が予習するとしあわせになりそうな歌は、和訳の歌詞をリンクしました。これからご覧になる方のガイドになれば幸いです。 

※多少のネタバレを含みますので、まっさらで見たい方は以下ご遠慮ください。ラストは書いてありません。

左ブロック最前列センターのテーブル席。50センチの近さでアーロンが歌う。(photo: Yu_at_JPN)


ムーラン・ルージュ・ザ・ミュージカル あらすじ & 見どころ・聴きどころ


・映画では劇中劇が壮麗な舞台になっているが、ミュージカルでは1幕、2幕冒頭のムーラン・ルージュのショーのダンスシーンがとにかく壮観!絢爛豪華!スペクタキュラースペクタキュラー!

セットがすごい。そしてダンサーたちが全員魅力的で、振付がすごい。振付家のソニア・タイ天才。それを踊りきるダンサーたちもすごい。ジドラー(ダニー・バースタイン)が観客を煽るので、みんな歓声をあげまくり。超楽しい。

(photo: Matthew Murphy)


・クリスチャン(アーロン・トヴェイト)は作家ではなく、アメリカから来たシンガーソングライター。作曲家の卵。オハイオのライマ出身。

上流社会に嫌気がさして、芸術家になり恋をするためにパリのモンマルトルにやってきた。このシンガーソングライターという設定が絶妙。彼が生み出す歌が物語を牽引していく。

ボヘミアンのロートレック(サー・ンガウジャ)とサンティアゴ(リッキー・ロハス)が次の劇の歌をああでもないこうでもないと意見を戦わせているところに、クリスチャンはふらりと現れる(Sound Of Music)。小鳥がさえずるように美しい歌詞と旋律を次々に生み出して、仲間に迎えられる。語るそばからきれいな声で旋律になっていくのが、観客みんながくすっと笑ってしまうかわいらしさ。

「なぜパリに来た? 」「♪何ができるのかを知らずに人生を終わりたくなかったんだ〜(I Don't Want To Wait) 「ラブソングを書いたことはあるか? 」「♪息をするたびに〜(Every Breath You Take)」「ちょっと即興で歌ってみてくれ」「♪君をあきらめないよ!( Never Gonna Give You Up)」 

彼の才能に狂喜したボヘミアンたちは、ムーラン・ルージュのスター、サティーンに彼を売り込んでオーナーのジドラーに口添えをしてもらい、作曲家として雇ってもらおうと計画する。

興に乗ったロートレックとサンティアゴが「ボヘミアンの魂は真実・美・自由・愛だ! 」と歌い始めると街の人々は「ボヘミアンたちがまた何かやってるよ」と呆れ顔だが、クリスチャンが即興で歌い始めた歌がみんなの心を掴み("We Are Young"の♪Tonightのパートから)、人々が集まって来て大合唱になる。

突然We Are Youngを歌い出すクリスチャンに驚くロートレックとサンティアゴ。即座に「鳥肌立ったぞ!」「素晴らしい!」と喜んでコーラスに加わる。(photo: Matthew Murphy)


・公爵(タム・ムトゥ)は映画のようなコミックリリーフではない。

権力もカネも手にしたブルジョワ。品が良く大人の色気満載の、裏社会にも通じた壮年のダンディ。人形に驚いたりするちょっぴり可愛らしいところもある。とにかく気障でかっこいい。クリスチャンが現れなければ、サティーンは彼を適当にあしらいながらそこそこ幸せに暮らしたのではないかと思う相手だ。(会話が聞き取りきれないので違うかもしれないけど…)

愛と才能以外何も持っていないピュアな若者クリスチャンとの対比、プロレタリアートのロートレックとの思想の対立が際立っている。後半、ロートレックが公爵に面と向かって批判する場面は、(今の政治または差別に対する批判の意味もあるのか)「よく言った!」という感じで客席から拍手が湧いた。

Only Girl (In The World) (Rihanna)の男性バージョンを歌って独占欲と支配欲の強さをちらつかせるが、サティーンのためにお城を用意したり、ショーは踊り子の誰かに代替わりをして社交界へ入ればいいと言ったり、本気で彼女を愛している感じもする。(高級娼婦であっても、美しくて知的な話術があれば社交界の花になれたそうだ)


・サティーン(カレン・オリヴォ)が美しくて賢くて力強い。

薄幸の美女、という形容は似合わない。むしろ彼女は自分の置かれた場所で、家族や愛する人を守るために必死で戦う中、病に斃れたという感じ。


映画と舞台で一番違うのが、サティーンの人物像だ。

映画のサティーンは自分の夢と愛のためだけに生きた。舞台のサティーンは、家族同然のムーランルージュの踊り子たちの生活を守り、クリスチャンの命を守り、彼の歌を守るために生きた。

(余談だが、映画の終盤でサティーンが秘密の愛の歌を歌ってクリスチャンを愛していることを伝えて誤解を解くシーン、もし舞台のサティーンなら歌わなかっただろう。自分は誤解されたままでも、クリスチャンは公爵に命を狙われることなく安全に劇場を出ていける。ショーは何事もなく終わって、ムーランルージュの踊り子たちも職を失うことはない。汚れ役を毅然と引き受けて、自分の幸せよりみんなの安全を選ぶ女性なのだ。というわけで舞台のラストは新たな展開が用意されている)

ミュージカルは映画の魅力を保ちながら、より大きく深い愛や様々な愛の形と人間性の物語に翻案されている。  


ムーランルージュの大スター、煌めくダイアモンドと呼ばれるサティーン。誰よりも眩しいオーラを放つ彼女に、クリスチャンも公爵も、観客も釘付け。いやもう本当にかっこいい。クリスチャンは「彼女はぼくの運命の人だ!(Shut Up And Dance)」と確信する。

サティーンにお立ち台に上げられて「踊りましょう」と誘われるが、クリスチャンは最初は照れて「いや、ぼくはいいよ」と断って降りる。代わりに踊るロートレックを見て、勇気を出してもう一度お立ち台に登って「お手をどうぞ」。長い上着の裾を翻して踊る姿がかっこいい。(photo: Matthew Murphy)

サティーンはショーの途中で一瞬呼吸困難に陥るが、うまくごまかして歌い終える。

ショーが終わり、踊り子たちが彼女のところにやってくる。彼女は「ママ・サティーン」と呼ばれて踊り子たちから慕われている。ムーランルージュが経営難で潰れるかも、という話題になり、ベイビードールが「もう街娼や地下クラブには戻りたくない」と泣くのをサティーンは抱きしめて「決してそんなことはさせないわ」と言う。

サティーンは、家族である踊り子たちが再び地獄に落ちないために、スーパースターとして豪華なショーを提供し、高級娼婦として金持ちのパトロンを捕まえて、ムーランルージュを存続させようと必死だ。

ひとりになって楽屋の鏡の前に立つ彼女はまだ病のことを知らず、若さが失われつつあると感じているようだ。静かに歌い出す"Firework"。元歌のPVは若い子への応援歌だけれど、サティーンの歌は「もしかしたら自分の仕事のピークは過ぎたのかも」と老いを感じはじめる年代にもすごく刺さる。でも決してこのままでは終わらない、と、心を震わせる力強い歌声に涙が出る。この歌は毎回ショーストップ。


・クリスチャンとサティーンのお色気コメディは映画より控えめ(というか自然)

クリスチャンを公爵と思い込んだサティーンは、高級娼婦の顧客として彼を「象の部屋」に招待する。クリスチャンは作曲家としてサティーンに気に入ってもらえるかどうかの歌のオーディションと思い込んで訪ねていく。「お座りになって」「立ったままやるほうがいいんだ」「そうね」「あなたは立っていなくていいよ。リラックスして。時々すごく時間がかかるから」「まあ…!」「ぼくちょっとナーバスになってるんだ」「わかるわ」「まだやったことがなくて」「なんですって」「友達もぼくに期待してるし」「友達?」「学校では習わなかったから」「学校?!」「今日はたくさん練習したよ」「練習を…」なんて微妙に噛み合うw会話に観客は大笑い。

ようやくラブソングの詩を暗唱し始めるクリスチャン。「なんだか変な気持ちなんだ ぼくは隠すのが苦手で…」「隠さなくていいのよ」とサティーンに手を握られると、曲が湧き出てくる。たしかに彼女は彼のミューズだとわかるシーン。Your Songはよく知られた曲だけれど、歌詞をもう一度確認しておきたい。https://ladysatin.exblog.jp/27921792/

この歌がサティーンの心をとらえる。最初は「歌を歌うなんて変わった求愛の仕方ね…」という表情で見ていたのに、彼の声を聞いているうちにストンとその純粋さに落ちてしまう。住み慣れた部屋すら今までと違って見えることに戸惑いながら、彼女は彼のラブソングを受け取る。デュエットの末に情熱的なキスを交わす二人。そこへジドラーが「公爵をお連れしたぞ!」とノックする。取り違えに気づいて慌てるサティーン。窓からロートレックとサンティアゴが飛び込んできて、みんなで作曲家のオーディションをしていたふりをし、公爵を次回作のパトロンにまつりあげる。

今回はアーロンは一度も脱ぎませんw。ムーラン・ルージュダンサーズのお色気はすごいよ。


・ロートレックはサティーンの子どもの頃からの理解者。

クリスチャンは作曲家として採用されたものの、サティーンに公爵と過ごすからと追い返され、がっかりして筆が進まない。そんな彼に、ロートレックは彼女の生い立ちを話して聞かせる。

サティーンと初めて出会ったときには、彼女はガリガリに痩せた子猫のようで、鉄くず拾いをしていた。13歳で父親に売春宿に売られた。しかしどんなときにも彼女の中にはスピリットがあった。やがてジドラーに出会い、ムーラン・ルージュのスターとなり、仲間を家族のように思って、彼らを守るために愛を売っている。彼女は家族を守るために、自分自身の幸せを考えずにいる。

ロートレックはサティーンに初めて会った子どもの時からずっと彼女を愛しているが、自分ではだめだと思って言い出せなかった。「お前なら彼女を幸せにできる。わたしの轍を踏むな。彼女を守れ」とNature Boyを歌う。


・映画ほどサティーンの処女性には重きが置かれていない。ライク・ア・ヴァージンはカットされている。

象の部屋で取り違えをごまかすドタバタのあとすぐ、サティーンは公爵と寝て、彼の寵愛を受けることになる。公爵はジドラーに、資金援助と引き換えにサティーンを自分だけのものにするよう要求する。

ロートレックに励まされて象の部屋を再び訪れたクリスチャンに、サティーンは「私をよく見て。美しさもダンスももう長くは持たない。公爵は最後のチャンスなのよ」と切実に言う。それに対してクリスチャンは「でもあなたのしあわせは?」「生活は公爵と送ればいい。ぼくは理解するよ。ただぼくにあなたを愛させてくれればいいんだ」。愛なんていらないと突っぱねる彼女に、「愛のない人生なんて。だからこそぼくたちは『恋人』になろう?」と、熱烈に想いを伝える。ここで歌われる"Elephant Love Medley"には、"Take on Me"などの映画公開後のヒット曲もたくさん追加されていて、二人の掛け合いがとても可愛らしい。サティーンは愛し愛される幸せに気づく。最後に二人でパリの夜空で踊る傘のシーンがあるよ!『雨に唄えば』の名シーンを彷彿とさせる。


・サンティアゴは映画のロートレックのコミカルな部分とアルゼンチン人(今回は眠らない)ほかボヘミアンズを掛け合わせたような立ち位置。

時々ものすごくおもしろい。タンゴの名手で名うてのジゴロなのに、空中足のニニ(ロビン・ハーダー)にはつれなくされる。でも全然めげない。

サンティアゴは2幕の冒頭で新曲"Bad Romance (Lady Gaga)"を歌い踊る。これはムーランルージュの次回作の劇中のダンスで、サンティアゴが振付家、という設定。ここでの彼はとてもかっこいい。

ニニと二人での稽古場の逢引のようなダンスから始まり、次第に集まってきたダンサーたちとサティーン、クリスチャンも加わり群舞に。

クリスチャンはサティーンの腕の中へと文字通り飛ぶ!が、手が届く前にあえなく引き離される。受け止める人との間に本当に信頼感がないとできないパフォーマンス。そしてラストの決めポーズが最高。このダンスは拍手が鳴り止まない見どころの一つ。(Bad Romance/Seven Nation Army/Toxic/Sweet Dreams (Are Made of This))

サンティアゴ、ロクサーヌも歌うんでしょ、と思っていたら…


・サティーンのライバル、空中足のニニは、映画では公爵に二人のことを告げ口する嫌な女だが、ミュージカルでは結構いい女。

サティーンたちに嫌味を言ったりもするけど、「以前芸術家たちの女神と呼ばれて公爵の目に止まったとても美しい女がいたの。でも公爵を裏切ったために、相手の男は殺され彼女はある晩何者かに顔を傷つけられて、もう美しいとは呼ばれていないのよ。気をつけて」みたいな親身な忠告もしてくれる。サンティアゴにツンデレで、ラ・ボエームのムゼッタっぽい。

"Bad Romance"のニニ。(photo: Matthew Murphy)


・二人の描くハッピーエンディング

ニニの忠告を聞いたサティーンはその足でクリスチャンの部屋を訪れ、公爵は危険だから本当に気をつけて、と伝える。彼女には暗い予感しかないが、クリスチャンは「僕たちのハッピーエンディングを信じて」という。サティーンを後ろから抱いて「どこか、静かな場所で」「安心できる場所ね」「ロートレックおじさんが(ぼくらの)子どもたちと遊びに来る」(ここでいつも観客から"Oh..."と甘いため息が)

(photo: Matthew Murphy)


・劇中劇はシンプルだが意味深。

公爵とサティーンとクリスチャンの関係を暗示した物語。クリスチャンはシンガーソングライターとして曲を書きつつ、フランソワという若者役で出演する。

演劇の演出はロートレック。ギャングの親玉(ジドラー)に脅されて別れを告げるマリー(サティーン)に、フランソワ(クリスチャン)が銃を突きつけ「一緒に死のう」と言う「銃のシーン」が繰り返し演じられる。

1度目のリハーサルでは、ジドラーが「わたしの剃刀は?」「その銃は本当に空砲だろうね?」といちいち演技の腰を折る(笑)。公爵は常にサティーンを侍らせ(クリスチャンはイライラ)、マリーの衣装が地味すぎだと文句を言う。死が間近な娼婦なのだからあたりまえだ、と一蹴するロートレック。

2度目のリハーサルでは、公爵は勝手に豪奢な上流階級のドレスをあつらえサティーンに着せ(クリスチャンは「ばかげた衣装」と気に入らない)、ロートレックの演出に口を挟みまくる。「彼女が賢いならなぜ金持ちではなく貧乏人を選ぶんだ!」たまりかねたクリスチャンがついに「あなたを愛していないからだ!」と言ってしまう。「…彼を」と言い直すが、公爵は「この劇はそういうことか」と立ち去る。ムーラン・ルージュ存亡の危機。サティーンはクリスチャンの制止を振り切って公爵を追う。


・はじめての喀血は後半に

公爵の怒りに触れて、踊り子たちはもうこれでムーランルージュはおしまいだと落ち込む。しかしジドラーは「これは夜明け前の暗闇。気にするな。(Shake It Off)」一人また一人とやけくそ気味に力を取り戻していく。ここはグレイテストショーマンのFrom Now Onと展開が似ている。サティーンも戻ってきて歌に加わるが、ジドラーと二人きりになると初めて喀血する。サティーンはおののき、ジドラーは「初恋の人を同じ病気で失った。結核だ」と告げる。「あとどのくらい持つの」「…数週間」「決して誰にも言わないで!」といって公爵のもとに戻っていく。


・アブサンと緑の妖精も後半に移動。歌がChandelierになり物語を転換するシーンに。

数週間がたち、公演本番の前夜。サティーンに会えないクリスチャンは傷心のあまり新たな歌も書けず、憔悴して「何をしていてもサティーンのことしか考えられない。この窓から飛んで自由になりたい」と言う。「このままでは自殺してしまう」と心配したロートレックとサンティアゴは、ついに奥の手の緑の悪魔の酒「アブサン」を取り出す。

呼び出されたときにだけ会えるような関係にはもう耐えられない。いっそ死んでしまいたいけれど、とにかく酔ってこの夜をやり過ごそう(Chandelierhttp://www.cpcre.com/sia-chandelier.html、と何杯もグラスを空けたクリスチャンは、緑の妖精の幻覚を見る。恋い焦がれたサティーンそっくりの妖精をはじめ、何人もの緑の妖精が彼を翻弄しては去っていく。ワイヤーを使っていないのに、まるで本当に妖精たちが飛んでいるような幻想的な振り付けのシーン。ついにクリスチャンは部屋から街へと彷徨い出る。


・ロクサーヌを歌うのはクリスチャン!(映画ではサンティアゴの歌)

こんなに激しいエネルギーを持っていたのか!と驚くほどの歌いっぷり。ただピュアなだけの坊ちゃんじゃなかった。観に行かれる方はこの歌詞予習して〜。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらの魂の叫び。(El Tango de Roxannehttp://allfake007.blog.fc2.com/blog-entry-182.html

※映画でもメインの旋律はクリスチャンが歌っていました。アルゼンチン人のパートの印象が強くてすっかりサンティアゴの曲だと思いこんでいた…。


・公爵がサティーンを脅すシーン、セリフが多くて全ては把握できないけど公爵こわい。すごいこわい。

(photo: Matthew Murphy)

最初は穏やかに「私はコキュ(妻を寝取られた男)になることには我慢がならないんだよ」というが、急に激昂して、「なぜなら、私は、モンロス公爵だからだ!」そしてサティーンを羽交い締めにして恐ろしいことをささやき続ける。「私が手を引けば、お前の家族はたちまち路頭に迷うぞ」「あの坊やとは完全に縁を切れ」「さもなくば街でやつを捕まえて、あのハンサムな顔をさんざん殴らせた挙げ句に喉を耳から耳まで切りさいてやる」「奴の死体にお涙頂戴のラブソングを歌うことになるぞ」

そこへクリスチャンが飛び込んでくる。「ようこそクリスチャン!」と公爵は大げさに歓迎する。「サティーン、ぼくと一緒に行こう」と懇願するクリスチャン。「答えてやり給え」と公爵。サティーンは迫真の演技で彼の心を踏みにじる。「こんなになんでも持っている、美しい殿方と一緒にいるのに、なぜ何も持っていないあなたと一緒に行くと思えるのかしら。あなたのことなんか、なんとも思っていなかったのよ。これっぽちもね!」

クリスチャンは、信じられない、という顔をして泣きながら出ていく。顔を背けて泣くサティーンに公爵は無理やり口づけて「お前は、私のものだ」とささやく。


・信じていたサティーンに手ひどく拒絶されたクリスチャンの決意とは。

あれほど愛し合っていたのに、自分になんの力もないために捨てられたのか、と呆然とし、悲しみのあまり気がふれそうなクリスチャン。(Crazy)  そしてまるで破滅に向かって踏み出すかのような表情で、ある決意をする。(Rolling In The Deep)

この2曲も絶対に予習を!El Tango de RoxanneからCrazy 、Rolling In The Deepまで、アーロンはこれまでの舞台やコンサートでは見たことのない、新しい激しい一面を見せた。


・いよいよオープニングの夜。

サティーンの顔色を見たジドラーは「無理だ。公演を中止しよう」という。しかしサティーンの覚悟は固く、「クリスチャンの歌を世界に知らせる大切な日なのよ。やめるわけにはいかないわ」と笑う。ジドラーは泣き笑いの顔で「…もう少し頬紅を差すんだよ」と言ってダンサーたちを景気づけに向かう。

公爵が現れ、サティーンの変調を知ってか知らずか「お前は私を失望させないだろうな。ダイヤモンドのように輝くのだ」とキスをして楽屋を出ていく。

最後にロートレックが現れる。「結核なのだろう?」「知っていたのね」彼はうなずく。ずっと彼女を見てきたからね。「クリスチャンは知らない」「ありがとう。言わないでね」お互いに敬意に満ちた目で見つめ合い、礼をする。「マイ・ミューズ」「マイ・ジーニアス」彼らはこれが今生の別れの挨拶であることを知っている。(涙腺崩壊)

そして、幕が上がる。


ここからは文章よりもぜひ舞台で。展開は映画と舞台とでは全く異なる。

 

・Come What Mayについては、使われる場面等は公演終了までは書かないほうがいいと思う。最高に感動、とだけ。だーだー泣いた。これもぜひ予習を。

和訳:https://birdkaptanto.blogspot.com/2013/11/come-what-may-moulin-rouge.html

このビデオがなぜ"Why else live, if not for love?"のセリフで始まり、"Hey sista, go sista, soul sista, flow sista (Lady Marmalade)"で終わるのか…。舞台を観終わったとき、その謎も解ける。


・哀しいままでは終わらせないぞとばかりに、カーテンコールもひとつのショーになっていて、すごく楽しい。アーロンとカレンは、プレビュー初日だけ二人で空中ブランコに乗って降りてきたが、その他の日は舞台奥から二人で登場。最後にみんなで腕を組み足を蹴り上げてカンカンを踊り、"Everybody Can Can!"という掛け声と共に大量の🎉紙吹雪が客席に降り注いで終了。


2018年7月10日11:30pm。

プレビュー初日公演が終わった後、ステージドアには多分100人以上が並んで50メートル以上の列になっていた。エネルギー全開の初演ステージの後でアーロンは恐ろしく疲れていたと思うのだけれど、一人一人に丁寧にサインしたり写真を撮ったりしてくれていた。列の一番最後まで笑顔で。



座席によっていろいろな楽しみ方ができる。

オーケストラ(1階)中・後列やドレスサークル(2階)前列からは、舞台美術やシーンごとの完璧な構図の美しさを味わい、引きでないと見えないような舞台袖近くや舞台の前と奥を利用した演出を楽しめる。オペラグラスを持っていけばアーロンの顔を正面から見られるのもいい(前列だとあおり気味)。

オーケストラ前列は、アーロンの歌と表情を堪能しつつジドラーに煽られて騒いで紙吹雪を浴びて大満足。

スパークリングダイヤモンドテーブル席では、舞台の一部になったかのように物語の世界に没入することができる。


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